最初の一話を見ただけで、画面の完成度に引き込まれた。これが京都アニメーションの本気だと、すぐにわかった。
「境界の彼方」の主人公・神原秋人は、人間と妖夢の間に生まれた「半妖」だ。不死身に近い体を持つ彼が、ある日の放課後に学校の屋上で出会ったのが、栗山未来という少女だった。未来は呪われた血を持つ異界士の末裔で、自分の血を液状の剣に変えて妖夢と戦う能力を持っている。その血の一族は異界士の中でも忌み嫌われた存在として扱われており、未来はひとりで孤独に戦い続けてきた。そんな二人が出会い、互いの傷を抱えながら少しずつ惹かれ合っていく。
この作品を語る時に最初に言わなければいけないのは、作画のクオリティだ。2013年の作品とは思えないほど映像が美しい。妖夢との戦闘シーンは毎回違うアプローチで描かれており、血を操る未来の戦い方は他のアニメでは見たことのない独特のビジュアルになっている。液体のように動く赤い血剣の動きが、毎回見ているだけで気持ちいい。京都アニメーションが手掛けるバトルシーンとしては当時かなり挑戦的な映像で、作り手の本気が画面から伝わってくる。
そして音楽だ。本作の音楽は七瀬光が担当しており、作品全体を貫く美しさの核になっている。戦闘シーンに流れる楽曲は緊迫感があり、日常シーンでは穏やかで温かい。特に印象的なのは感情が高まる場面での音楽の使い方で、映像と楽曲が重なる瞬間の気持ちよさが格別だ。OPテーマ「境界の彼方」(近江知永)は軽やかで明るい曲調でありながら、歌詞に作品のテーマが宿っており、毎話見る前に気持ちを上げてくれる。
未来というキャラクターがとにかく魅力的だ。最初は「不愉快じゃない」という独特の口癖と、眼鏡姿のほのぼのした外見が目を引くが、戦闘時のギャップが毎回衝撃的だ。普段の柔らかい雰囲気が一変して、凛とした戦士の表情になる。その落差が、見ているうちにどんどん未来というキャラクターへの感情移入を深めていく。種田梨沙の演技がこのキャラクターの多面性を完璧に引き出しており、笑っている未来も戦っている未来も、同じ一人の人間として成立している。
秋人も好きになれるキャラクターだ。半妖であるがゆえに不死身に近い体を持つ設定が、未来との関係性に独特の色を与えている。未来の血剣で何度も刺されても再生してしまうという状況が、最初はコメディとして機能しながら、後半には二人の関係の比喩として別の意味を持ち始める。この設定の使い方が巧みだ。
名瀬美月と名瀬博臣の兄妹も本作に欠かせない存在だ。異界士の名家として秋人たちの周囲にいながら、それぞれが独自の感情を抱えて動いている。特に美月は本作の中で最も複雑なキャラクターで、彼女の行動の動機が明らかになる場面は見ごたえがある。
TVシリーズは全12話とコンパクトで、謎を残したまま終わる部分もあるが、その続きは劇場版「I'LL BE HERE」の未来篇で描かれる。TVシリーズを見終えたら必ず劇場版の未来篇まで見てほしい。秋人と未来の物語がそこで完結する。
「境界の彼方」は鳥居なごむによるライトノベルで、KAエスマ文庫(京都アニメーション)より全3巻で刊行。TVアニメは石立太一監督・京都アニメーション制作、全12話、2013年10月から12月放送。劇場版「-I'LL BE HERE-」は過去篇(2015年3月)・未来篇(2015年4月)公開。dアニメストアなどで視聴できる。
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