「四月は君の嘘」を3回見た。1回目も、2回目も、3回目も泣いた。でも不思議なことに、毎回泣くポイントが違った。

1回目は宮園かをりとの出会いに持っていかれた。モノクロだった有馬公生の世界に、かをりが飛び込んでくるあの瞬間。突然色が溢れ出すような鮮やかさに、気づいたら涙が出ていた。あの出会いのシーンのためだけに、この作品は存在しているんじゃないかとさえ思う。

2回目は相座武士と井川絵見の存在が見えてきた。1回目は感情の波に流されて気づかなかったけれど、ライバルである相座が公生にどれだけ真剣に向き合っていたか。そして相座の妹・凪が公生に触発されて変わっていく姿が、相座自身にも静かな影響を与えていたこと。2回目に泣いたのは、そのライバルたちとの切磋琢磨の中で、全員が少しずつ成長していく様子だった。主人公だけでなく、周りの人間全員が前に進んでいく物語なんだと気づいた瞬間だった。

3回目は有馬公生が母親のトラウマを乗り越えていく過程が刺さった。厳しすぎる指導と、その死。公生がピアノを弾けなくなった根っこにあるものの重さを、3回目にしてやっと正面から受け止めた気がした。かをりと出会い、ライバルたちと競い合う中で、公生が少しずつそのトラウマを払拭していく様子。それは単なる音楽の成長ではなく、一人の人間が自分自身を取り戻す物語だった。そこに気づいたとき、涙が止まらなかった。

何度見ても新しい発見がある。それが「四月は君の嘘」という作品の底知れない深さだと思う。まだ見ていない人には1回目の衝撃をぜひ体験してほしい。そして見たことがある人には、もう一度見直してほしい。きっと前回とは違う場所で、泣くことになるから。