「四月は君の嘘」を3回見た。1回目も、2回目も、3回目も泣いた。でも不思議なことに、毎回泣くポイントが違った。
1回目は宮園かをりとの出会いに持っていかれた。モノクロだった有馬公生の世界に、かをりが飛び込んでくるあの瞬間。突然色が溢れ出すような鮮やかさに、気づいたら涙が出ていた。あの出会いのシーンのためだけに、この作品は存在しているんじゃないかとさえ思う。母の死をきっかけにピアノが弾けなくなった元天才少年・公生にとって、傍若無人なヴァイオリニスト・かをりとの出会いは、文字通り世界の色を取り戻すきっかけになっていく。
2回目は相座武士と井川絵見の存在が見えてきた。1回目は感情の波に流されて気づかなかったけれど、ライバルである相座が公生にどれだけ真剣に向き合っていたか。そして相座の妹・凪が公生に触発されて変わっていく姿が、相座自身にも静かな影響を与えていたこと。2回目に泣いたのは、そのライバルたちとの切磋琢磨の中で、全員が少しずつ成長していく様子だった。主人公だけでなく、周りの人間全員が前に進んでいく物語なんだと気づいた瞬間だった。
3回目は有馬公生が母親のトラウマを乗り越えていく過程が刺さった。厳しすぎる指導と、その死。公生がピアノを弾けなくなった根っこにあるものの重さを、3回目にしてやっと正面から受け止めた気がした。かをりと出会い、ライバルたちと競い合う中で、公生が少しずつそのトラウマを払拭していく様子。それは単なる音楽の成長ではなく、一人の人間が自分自身を取り戻す物語だった。そこに気づいたとき、涙が止まらなかった。
幼なじみの澤部椿が、公生を弟のように思っていた感情から、徐々に自分自身の恋心に気づいていく過程も丁寧に描かれている。主人公とヒロインの恋愛だけでなく、周囲の人間関係も含めて何度も見返すたびに新しい発見がある構成は、本作が単なる音楽ものや恋愛ものに収まらない理由のひとつだ。
演奏シーンの作画・演出の美しさも特筆すべき点だ。音が聞こえないはずのアニメーションで、観客にどれだけ「音」を感じさせられるかという挑戦に、本作は見事に応えている。色彩設計や光の使い方ひとつひとつに、公生の心情の変化が重ねられている。
タイトルの「嘘」が何を指すのか——その答えが明かされる最終話の衝撃も、本作が長く語り継がれている理由のひとつだ。物語全体を通して張られていた伏線が、ラストで一気に意味を持って繋がってくる構成は、何度目の視聴でも色褪せない。アニメ版は原作の完結に合わせて最後まで描かれており、漫画とアニメどちらから入っても物語の全貌をきちんと味わえる作りになっている。音楽アニメというジャンルの中でも、演奏技術の解説に偏りすぎず、あくまで登場人物たちの感情の動きを軸に据えた構成は、クラシック音楽に詳しくない視聴者でも十分に没入できる作りになっている。専門知識がなくても、公生とかをりの紡ぐ音楽がただただ美しく響いてくる。
何度見ても新しい発見がある。それが「四月は君の嘘」という作品の底知れない深さだと思う。まだ見ていない人には1回目の衝撃をぜひ体験してほしい。そして見たことがある人には、もう一度見直してほしい。きっと前回とは違う場所で、泣くことになるから。
「四月は君の嘘」は新川直司による漫画で、月刊少年マガジン(講談社)にて2011年から2015年まで連載、全11巻で完結している。累計発行部数は500万部を突破。TVアニメは2014年10月から2015年3月までフジテレビ「ノイタミナ」枠で全22話放送され、2016年には実写映画化もされた。
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