過去は変えられない。それがこの映画の前提だ。
石田将也は小学生の頃、転校生の西宮硝子に対して残酷ないじめを繰り返した。硝子は耳が聞こえない。その違いに無邪気な悪意を向け続けた将也は、やがて自分もクラスから孤立し、5年間をほぼ一人で過ごすことになる。高校生になった将也の目には、周りの人間の顔にバツ印が見えている。誰とも関わりたくない、関われないという苦悩が、あの演出一つで痛いほど伝わってくる。
そんな将也が手話を覚え、硝子に会いに行くところからこの映画は動き出す。謝罪なのか、贖罪なのか、自分でもわからないまま硝子の前に立つ将也の姿が、不器用で、でもまっすぐで、見ていて胸が痛くなる。
硝子が少しずつ心を開いていく過程も、この映画の丁寧なところだ。過去に傷つけられた相手を、すぐに信用できるわけがない。それでも将也が手話で話しかけ続け、隣に居続けることで、二人の距離がじわじわと縮まっていく。その繊細な描写が、ただのラブストーリーとは違う重みをこの作品に与えている。
人の醜い部分も、この映画は隠さない。いじめに加担しておきながら被害者のふりをするクラスメイト、善意のようで実は自分本位な人間——そういうリアルな人間の嫌さも、しっかり描かれている。だからこそ、将也と硝子が互いに向き合う姿が、余計に美しく見える。
見終わった後、重さと温かさが同時に残る。そういう映画は、なかなかない。
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