三重さんが今日もメガネを忘れてきた。

それだけのことで、小村くんは今日も顔を真っ赤にする。見えないから近づいてくる三重さん。気づいていない三重さん。気づきすぎている小村くん。この構図が、この作品の全てだ。

「好きな子がめがねを忘れた」は、Xの投稿から火がついたゼロ距離ラブコメだ。ひどい近視の三重あいは、高確率でメガネを忘れて登校してくる。見えないから周りに頼るしかなく、気になっている相手・小村楓に自然と近づいてしまう。三重さんに悪気は全くない。でもそのたびに小村くんの心拍数は上がる。このループが毎話繰り返されるのに、飽きない。むしろ次が見たくなる。
小村くんというキャラクターが、この作品の真の主役だと思う。三重さんのことが好きで好きで仕方ないのに、「思い上がっちゃいけない」と自分の気持ちを抑え込んでしまう。三重さんが近づいてくるたびに内心で暴走しながら、表向きはなんとか平静を保とうとする。この「外と内のギャップ」が毎回笑えて、しかも愛おしい。

特に好きなのが、小村くんの内言の暴走っぷりだ。「手を握ったあとの皮脂を保存したい」「今日の三重さんを家宝にしたい」——普通に引かれそうなことを心の中で本気で思っている。でもそれが変態性ではなく、純粋すぎる好意として伝わってくる描写になっているのが作者の巧みさだ。三重さんへの気持ちが本物だからこそ、読んでいて笑えながらも温かくなる。

三重さん自身も、このラブコメのバランスを絶妙に保っているキャラクターだ。天然でマイペースで、小村くんが意識しているとは全く気づいていない——のだが、巻数を重ねるにつれて「実は小村くんのことを意識していないわけではないのかもしれない」という描写が少しずつ増えていく。この変化がじわじわと効いてきて、中盤以降は一気に読み進めてしまった。二人の距離が縮まるペースは、とにかくゆっくりだ。進んだと思ったらまた少し戻る。会話一つ、名前の呼び方一つに何話もかかる。この焦らし方が本当に上手くて、当時の読者がSNSで毎話叫んでいたのもよくわかる気がする。じれったいのに、そのじれったさが心地よい——そういう特殊な感覚を生み出す漫画だ。

1話完結の短編連作という構成も本作の強みで、忙しい人でも隙間時間に読みやすい。でも積み重なるほど二人の歴史が見えてきて、後になって1巻を読み返すと全然違う感慨がある。

本作がゼロ距離という設定をここまで長く引き伸ばせたのは、距離の近さをキャラクターの成長と連動させているからだと思う。最初の「メガネを忘れたから近い」から始まり、少しずつ「小村くんのそばにいたい」へとニュアンスが変化していく三重さんの変化は、巻を追うほど読み取れるようになる。その解像度が上がる感覚が、この漫画の長期連載を可能にした理由のひとつだろう。
三重さんがたまに見せる「実はちゃんと小村くんを見ていた」という場面も印象的だ。普段は無自覚な天然キャラとして描かれているのに、ふとした瞬間に小村くんへの感情が滲み出てくる。そのギャップが読者の「もしかして……」という期待を膨らませ続ける。

アニメ版は2023年夏に放送され、小村くん役に伊藤昌弘、三重さん役に若山詩音が起用された。特に近づいてくる三重さんの描写と、小村くんの表情のアップが丁寧に作られており、原作の「ゼロ距離」という感覚がそのまま映像で体験できる仕上がりになっている。OPテーマは綴(DECO*27×堀江晶太)、EDテーマはオーイシマサヨシ、若山詩音、伊藤昌弘の3人によるスペシャルユニット「マサヨシがめがねを忘れた」が担当しており、楽曲も作品の温度感にぴったりだ。

本作はXでの投稿が話題になり、2018年に「月刊ガンガンJOKER」での連載がスタート。2023年8月にはシリーズ累計発行部数が100万部を突破した。全12巻で完結しており、最終巻には112ページのミニ画集が付属した特装版も発売されている。
読み終わった後、中学生のあの頃を思い出す——そういう感想が多い作品だ。好きな気持ちに正直になれなかった経験がある人なら、小村くんの内心に絶対に共感できる。ピュアなラブコメを探しているなら、これを読んでほしい。

「好きな子がめがねを忘れた」は藤近小梅による漫画で、「月刊ガンガンJOKER」(スクウェア・エニックス)にて2018年12月号から2024年5月号まで連載、全12巻で完結している。シリーズ累計発行部数100万部突破。TVアニメは全13話、2023年7月から9月放送。dアニメストアなどで視聴できる。